いまや救助犬は欠かせない??
実は立山にある、あわすのスキー場
ロッジ「・・・・」の愛犬ですが、集合の時に
遊んであげていたら、一緒に研修現場
まで付いてきてしまいました。
今回の想定訓練では立派な隊員です。
ところで
今日が最終日、彼らのなかには釜石
大槌地区から参加した人がいました。
自宅も被災し今まだ仮設住宅住まい
だそうです。
それでも毎日のように行方不明者の
捜索やら、瓦礫の撤去に追われて
いながら研修会に参加したのです。
しかし、 兵ばかりのこのチーム
こいつが、オレの天敵のような存在・・
19日まで国立登山研修所に来ています。
毎日、朝から晩まで長い日を送っていますが
彼らは防災航空隊や警察/山岳救助隊の
面々で、命がけの救助を実践しています。
土嚢アンカー構築訓練ですが、普通の土嚢袋
であっても197kgnの張力を発揮します。
<ロードセルを使っての測定>
どんなときも支点は絶対でなくては
なりません。
先行者に「絶対にフォールラインに入り
ませんから」といったら・・
登山に限らず「この世に絶対はない」
と言われてしまった。
まさしくその通りなのだろう。
深く反省・・
それとは別に
写真は6mmぐらいの細引きで7人を
ショートロープで繋いでジャンダルムを
縦走していたガイド?グループ。
私が少し多すぎませんか、というと
「このくらいなら絶対に大丈夫」と
言われてしまった。
新穂高温泉に入るトンネルの手前に
ある「喜楽」という食堂のご主人は
穂高岳山荘の今田英雄さんのお兄さん
にあたる人だ。
昭和26年育ての親、今田重太郎さんは
上高地から穂高稜線への重太郎新道
を当時5才の姪っこ紀美子さんの子守をしな
がら開通させた。
その後、小さいながら山荘の手伝いを
しながら登山道の整備を率先して
行っていた紀美子さんは突然原因不明の
腹痛によって23才の若さでこの世を去った
という。
前穂との分岐点に今でも「紀美子平」という
場所がある。
「おれは穂高に生かされている」は生前
重太郎さんがよく言っていた言葉だそうだ。
山をこよなく愛するものとして
どんな山でも案内するものとして
それも限りなく安全を担保するには
・・・・・・・・・・。
テクニカルなことは進んでやるが
なぜか、基本の繰り返しはおざなりに
目をつぶっても手に基本が馴染んでくると
しめたもの その後は自然と・・
よく見ていると子供は今覚えたことを
無心に繰り返している。
子供は知っていることしかしない。
子供がいい手本だ。
そんなことを考えていて
気がついたら・・・
ルート違うくない??
この連休は、ほとんどの人が雨になる
と思っていた穂高山域へ・・
それも3年前から計画していて、何度と
なく天候不良で延期が続いていたの
ですからなおさらです。おまけに
このジャンダルムへの思いは20年以上も
前からということでした。
しかし秋晴れの中、やりました!
おめでとうございます。
そして、ありがとうございます。
ジャンダルムを越え、最後の奥穂への登り
そして登頂、この頃に少しガスってきた
程度でした。
しつこく 看板コレクション
シャモニーの駅前にあるカフェ「ラパン」
いつもここでギャロパンを飲みながら
ピザをいただく。
何故かここで飲むときは、いつも一人だ。
シャモニーでお勧めのチーズやさん
勿論ソーセージもサラミも売ってます。
昼間は何気ない看板も 夜になると
その輝きを見せるのもありますね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ところで、高崎もまだまだ暑くて毎日
シャワーだけでしたが、久々に銭湯に行き
今日はゆっくり湯船に浸かりました。
やっぱり風呂は良い!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「すずむしの声聴き浸かる久し風呂」
お・そ・ま・つ
バー「氷河」
なんとまあ、そのものずズバリなんでしょう
内は至って普通の感じでしたが・・
きっとメニューの中に 凍り付く物が・・
フランス/ポゥの街中
古くからあるパン屋さんなのかな?
鞄屋さんじゃないよな・・
フランスのトゥールーズでの一コマ
もっと読む