ジャズの話を・・・
彼は音楽について
妥協のない人といわれていましたが
本当の所はどうだったのでしょうか
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続きは明日立山で
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ハイ今日は次の日です
立山よりアップしています
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唯一、
日本人ピアニスト/佐藤孝信さんが
2年間マイルスバンドに在籍していたのは
有名な話ですが、彼の話によると
マイルスが言った言葉に
「古いジャズが聞きたければレコードを
聴けばいい、人生も音楽も常に前を
向いて挑戦し続けなければ、いい変化
は現れない」というのが口癖だったという
そういえば 1980代後半、一度彼は
いろいろなスキャンダルの中
引退したかに見えたが
1990年ドゥバップを引っさげて
戻ってきた
あの時の驚きは今も鮮明に
覚えている なんていうか
「やられた!」 という感じがした
1940年クールジャズ
1960年フュージョン
1970年クラブミュージック
などとよく言われているが
本当に常に前を向いて、何かに
挑戦し続けている人なのだと思う
山に行って 仕事の合間によく聴いている
音楽にマイルスの「カインド・オブ・ブルー」
というアルバムがある。
いつ聴いても 心地よくしてくれる
ミッキーがいなく
なってから一ヶ月が
過ぎた
ミッキーは原っぱに行くと決まって
背中を下にバタンバタンと
転がって見せた
裏が通学路になっているため
見知らぬ学生が「ミッキーおはよう」って
よく声をかけながら通っていった
近所の親子連れも、小さいお子さんに
ミッキーだったら吠えないし
噛み付いたりしないからって
いつも一緒に遊んでもらっていた
私が山で遅くなった時も
朝早く出かける時も
何にも言わずに チャリチャリ
と首輪の音を立てながら
ハウスから出てきてくれた
雷が怖くて、いきなり稲妻が
走った時などは人間のように
立ち上がって震えながら
私に抱きついてきた時もあった
怪しいセールスの人にさえ尾っぽを
振って遊んでもらっていたので
一度叱ったことがあったが
その次も、またその次もまったく
同じように遊んでもらっていた
・・・・
ミッキーの方がはるかに
できている
先日の看板は二子山でのことです
あまりにも中高年登山者の
事故が多いので、ある人が
自主的に設置したそうです
登山者たるもの、もっと紳士になって
ほしいものですね
たとえロープやクサリをにぎって
切れたとしても、それは それを
見抜けない自分に大半の責任が
あるのではないでしょうか
道迷いでもそうです
踏み後のせいでも看板のせいでも
誰のせいでもありません
誰でも自由に山に入れる権利が
ある代わりに、その裏側には
誰にもなるべく迷惑をかけないことと
あらゆる危険に関して
オウンリスクの義務があるような
気がしますが
いかがでしょうか