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先行者に「絶対にフォールラインに入り
ませんから」といったら・・
登山に限らず「この世に絶対はない」
と言われてしまった。
まさしくその通りなのだろう。
深く反省・・
それとは別に
写真は6mmぐらいの細引きで7人を
ショートロープで繋いでジャンダルムを
縦走していたガイド?グループ。
私が少し多すぎませんか、というと
「このくらいなら絶対に大丈夫」と
言われてしまった。

新穂高温泉に入るトンネルの手前に
ある「喜楽」という食堂のご主人は
穂高岳山荘の今田英雄さんのお兄さん
にあたる人だ。
昭和26年育ての親、今田重太郎さんは
上高地から穂高稜線への重太郎新道
を当時5才の姪っこ紀美子さんの子守をしな
がら開通させた。
その後、小さいながら山荘の手伝いを
しながら登山道の整備を率先して
行っていた紀美子さんは突然原因不明の
腹痛によって23才の若さでこの世を去った
という。
前穂との分岐点に今でも「紀美子平」という
場所がある。

「おれは穂高に生かされている」は生前
重太郎さんがよく言っていた言葉だそうだ。

最近、家の中に1日中いたのは記憶にない
おかげで幸太郎とスキンシップが
取れたのだけど・・
こいつ オレのいうこと聞かない


山をこよなく愛するものとして
どんな山でも案内するものとして
それも限りなく安全を担保するには
・・・・・・・・・・。
テクニカルなことは進んでやるが
なぜか、基本の繰り返しはおざなりに
目をつぶっても手に基本が馴染んでくると
しめたもの その後は自然と・・
よく見ていると子供は今覚えたことを
無心に繰り返している。
子供は知っていることしかしない。
子供がいい手本だ。

そんなことを考えていて
気がついたら・・・
ルート違うくない??
この連休は、ほとんどの人が雨になる
と思っていた穂高山域へ・・
それも3年前から計画していて、何度と
なく天候不良で延期が続いていたの
ですからなおさらです。おまけに
このジャンダルムへの思いは20年以上も
前からということでした。

しかし秋晴れの中、やりました!
おめでとうございます。
そして、ありがとうございます。

ジャンダルムを越え、最後の奥穂への登り
そして登頂、この頃に少しガスってきた
程度でした。


クライミングもたまにはアップを・・
天候に恵まれ、休日なのに登る人も少なく
穂高屏風岩のクライミングは最高でした。
他に一組だけ取り付いていましたが
感じの良い人で先に失礼させていただきました。
しかしそれよりも嬉しかったのは、無事にお昼
過ぎには横尾に降りてくることが出来たこと
チームの皆様には、よく協力していただき
ただただ感謝です。

2ピッチ目の始まり

3ピッチ目から扇テラスを見る

最終の凹角を落石に注意しながら・・

登攀が終わって振り返ってみる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
う〜ん、谷川慣れしている私には
横尾までの往復が核心だ!?

しつこく 看板コレクション
シャモニーの駅前にあるカフェ「ラパン」
いつもここでギャロパンを飲みながら
ピザをいただく。
何故かここで飲むときは、いつも一人だ。

シャモニーでお勧めのチーズやさん
勿論ソーセージもサラミも売ってます。
昼間は何気ない看板も 夜になると
その輝きを見せるのもありますね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ところで、高崎もまだまだ暑くて毎日
シャワーだけでしたが、久々に銭湯に行き
今日はゆっくり湯船に浸かりました。
やっぱり風呂は良い!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「すずむしの声聴き浸かる久し風呂」
お・そ・ま・つ

バー「氷河」
なんとまあ、そのものずズバリなんでしょう
内は至って普通の感じでしたが・・
きっとメニューの中に 凍り付く物が・・
フランス/ポゥの街中

古くからあるパン屋さんなのかな?
鞄屋さんじゃないよな・・
フランスのトゥールーズでの一コマ